夜の犠牲

「機関銃の射撃音がスタッカートのように響く――この表現を使ったのは、誰? レマルクの『西部戦線異状なし』だったかしら」

 寝台の上に横たわるスラブの娘は結核に蝕まれ、夜の奥に沈殿する生命の残滓をすでに彼女自身もてあましていた。だから彼女は、口元から吐き出され枕元を汚す吐血の跡もすでに気にしなくなっていた。彼女はまだ人の世への繋がりをうかがわせる青の瞳の淡い光彩を、窓の外の夜空へと向けた。そこには八月の夏の星座の位置が正確に示されていた。

 マンチュリアの郊外の、ロシア風の造りの小さな館の二階だった。咳と共にシーツに赤い血の染みを飛び散らす彼女のかたわらには、一人の同い年ぐらいの少女が椅子に座っていた。その少女は、自分の絹のハンカチーフを取り出し、身動きできず横たわったままでいる彼女の、口元の血の汚れを、一生懸命に拭き取ってやった。

「まだ戦っている兵隊さんが……」少女はすがりつくような目をして窓の外の、遠くの暗い丘陵の方を見つめた。確かに丘の向こうの陰から、機関銃のタンタンタンという音が聞こえてきていた。「じきに全滅するわよ。寄せ集めの補充兵ばかりだもの」この傀儡国家に駐留する帝国の陸軍の最期に向けて嘲笑したのか、それともこんな所でこんな風に死にゆく自分への、羞恥がない交ぜになった絶望だったのか、ともかく、彼女の口の端には引きつった笑みがあった。
「はやく逃げなさい、マリエ」彼女は自身の長い金髪の流れの中に顔を覆い隠し、目を瞑ってつぶやく。「でも、ソーネチカ、あなたを置いていくわけには……。そうだ、これから来る人たちも、あなたと同じロシア人なんだから、ねえ、助けを請えば……」少女は悲しい瞳をして言った。「――白衛軍の元中佐の娘に、ボリシェビキの連中が寛容なわけないじゃない」枕の上で頭を動かし、ロシア人の娘は目を開けると、すぐそばの黒い瞳の少女をじっと見つめた。「あなたも子供じゃないのだから、敵に捕らえられたらどんなおぞましい目にあわされるか、判っているでしょ?」「――ええ。でも、級友のあなたを置いて逃げるなんて、そんなことできない」少女はそう言うと、寝台の上の友人の手のひらをそっと両手で包み込んだ。

「――まだ聞こえるわ、マリエ」「そうね」「機関銃の音が」横になったまま彼女は再び目を閉じた。

「それはまるでスタッカートのような響きで……」ロシア人の娘がひそやかに言う。