Stgw90 軍用自動小銃



Stgw90 軍用自動小銃


永世中立を国是とするスイスでは全国民の成人男子に徴兵義務があり、各家庭には有事の際の緊急動員に備え戦闘服、ヘルメット、

および自動小銃と実包が常備されている。そんなスイス軍の制式自動小銃が、世界最高の性能と評されるStgw90(SG550)である。






 『祖国』から心身ともに迫害された彼は、ヨーロッパのその国に亡命し、難民としての認定を受けた。
 そうして彼は、その国の政府から生活援助を受けて、山間部に位置する地方都市の、薄暗いアパートの一室を借り、孤独な毎日を送る。
 別に働きに出るでなく遊興にふけるでもなく、ただ、一亡命者、故郷喪失者として、日々をまさに無為のまま、生きる意味を見失った、『人生の余計者』として過ごすのだ。


 少女は、彼の前に、政府の生活援助局から派遣されたボランティアの福祉員として立ち現れる。
 週に一度、少女は難民である彼の部屋を訪れ、生活に何か支障はないか、不便はないかと優しく親切に問いたずねてくる。


 少女もまた、この国の人間ではない。彼女自身、子供の頃、両親に連れられて祖国を捨て、この国に亡命してきた難民であるという出自を有している。
 その少女はアルメニア語とクルド語とトルコ語、それにフランス語とドイツ語を自在に操れる。 しかし、なぜか英語だけは喋れない。
 会う回数を重ねるうちに親しくなった彼は、わざと早口の英語で少女をからかってみたりする。
 苦難に耐えてきた人間だけが作れるあの寛大な明るい笑みを常に浮かべている少女も、その時だけは普通の女の子のように可愛らしく怒った表情になるのだった。


 ある日の夕方、突然何の前ぶれもなく少女は彼の部屋を訪れる。
 少女は普段の私服姿ではなく、その国の陸軍の迷彩服を着込んでいて、背中には軍用リュックと大型の自動小銃を背負っていた。
 唖然とした表情の彼を前にして、少女はどこか誇らしげな顔つきをして言う。
 私は今年で18歳になった。18歳といえば、この国では成人の年齢である。この国は国民皆兵制をとっている。だから私も軍から支給されたライフルを持って、動員演習に参加し、ちょうどいま街に帰ってきたところなのだ、と。
 私は兵役を果たせる年齢になったのだ。だからもう、今までみたいに子供あつかいするようなことはやめて欲しいと、少女はつぶやく。まだ表面に傷ひとつない新品の自動小銃を、大切そうに両腕の中に抱きしめながら。
 この国には女性にも兵役義務があったのかと、彼が尋ねると、少女はにっこり微笑んで、女性には義務はなく、志願者のみが兵役に就く事、しかも自分はあえて後方部隊ではなく実戦部隊を志願した事を、得意げにるるとして語るのだった。
 彼が冗談半分で、その自動小銃を触らせてくれないかと頼むと、少女はキッとした目つきになって、あなたのような兵役義務の無い国から来た人には危なっかしくて渡せないと、強く拒絶するのだった。
 まるでクリスマスプレゼントのぬいぐるみを独り占めする子供のようだ、そう思って彼は心の中で苦笑した。


 少女との会話はそれから長く続いた。
 喋り疲れて彼がベッドに横になると、少女もベッドに、彼のかたわらに腰を下ろす。
 ガンオイルの匂いのする自動小銃を、自分のひざの上にしっかりと載せて。
 そして少女は何も言わず、寝ている彼の頭をそっと撫でてやる。
 彼は眠りに落ちる。少女の手のひらの温かみを感じながら。
 何の不安も恐れも抱かずに。
 亡命先の国のアパートで。
 銃を持った少女の横で。
 安らかな眠りに。■ 




Text : 黒川ケンキチ
Illust : ぽもろっそ
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