「しかしコルホーズにはトラクターがあり、収穫は前より多くなったろう?」
するとボルシニコフは頑固に頭を振った。
「収穫はトラクターからではなく、神から来るものだ」
またしても神が出て来たのだ。パーシャの口からと同じように、執拗な響きを以って。
それから彼は私たちの顔を見て、説明するように附け加えた。
「雨も神が降らせるものだ」
私たちは彼をからかいたくなった。
「では、戦争も神から来るのか?」
するとボルシニコフは頭を振った。
「戦争は」と彼は答えた。「戦争は人間がお互いに恐怖するから起きるのだ」
私たちは日本語でがやがや話し出した。一人が彼を批判し、みなを啓蒙しようとして言ったのである。
――(この人間は完く観念論者で、反動もいいところだ。)しかしボルシニコフは私たちの発する知らない言語の中で、
全く無関心の顔つきをしていたが、やがて彼の方から言い出した。
「今度起こる戦争は自動爆弾の戦争だ」
私たちには初め何のことかわからなかった。
「自動爆弾? それは原子爆弾のことか?」
「そうだ」と彼は答えたが、しかし彼が語を継いだ時は、又しても自動爆弾と言ったのである。
「自動爆弾は全てを、人を、家を、木を滅してしまう」
彼はこう言って手を激しく左右に振った。
話が途切れて私たちはまた雨の音を聞いた。雨はいつまでも降りつづけた。私たちはトーニャの帰りを待ったが、彼女は
なかなか帰って来なかった。機関車が外から近づいて来て、ボルシニコフを呼ぶ汽笛を鳴らした。
彼は立ち上って、出て行ったが、やがて雨に濡れて帰って来た。そして、まるで私たちのいることなど気が付かないように、
椅子に腰かけて黙りこくっていた。
塀の外からは、雨中を行進する兵士たちの合唱が遠く聞えていた。
もしも暗い力が覗くとあらば
ソビエトの全人民、我ら
あたかも一個の人間の如く
自由なる祖国のために立ちあがって
陸に、空に、はた海に……
長谷川四郎『シベリヤ物語』収録・『人さまざま』より
あの埴谷雄高が開高健が村上春樹がこぞって絶賛する、故・長谷川四郎の小説の文体。
――ただただ嘆息するしかない。