『夕凪の街 桜の国』

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス) 夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)




「広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ」



8年間もの長きにわたった、シベリア抑留での過酷な強制労働の地獄から生還したとある詩人が、生前、次のように述べた。


『「広島について、どのような発言をする意志ももたない」とのべたことにたいして、その理由をたずねられた。
手みじかにいえば、私が広島の目撃者・・・でないというのが、その第一の理由である。
人間は情報によって告発すべきでない。その現場に、はだしで立った者にしか告発は許されないというのが、
私の考え方である』


晩年は完全なアルコール依存症となり、埼玉県上福岡の団地の浴室で、ほとんど自死に近い最期を遂げたこの詩人は、


「告発せず」


という姿勢を自身の生き方において死ぬまで貫き通した。
彼の「告発せず」という政治的態度(あるいは非政治的態度)に関しては、今でも賛否両論数多くの意見がある。
私自身、この詩人が保持し続けた「告発せず」という生き方には、すんなり納得できない何かがいまだあり、
詩人の発言に対する私の最終的な可否判断はずっと保留状態のままだ。
だが、すくなくとも、その「本人」の実体験から切り離された、単なる資料としての統計データからのみによって行われる「告発」は、
大抵単なるヒステリックなわめき声として誰の共感も得られずに終わるのが常である――この点については詩人と同意見である。
ことに、「戦争」に関する告発というやつほど、それをする側もされる側も冷静さが失われがちになってしまう危険性が高いものは無い。



夕凪の街 桜の国』は、広島の原爆被爆者を扱った漫画である。
この作品の中にも、「告発」はある。
しかし、そこにはいわゆる「原爆憎し」のヒステリックさは微塵もない。
そしてまたその告発は、加害者に対してよりも、むしろ被害者である自分たち、広島の生存者へと強く向けられている――そう私には読み取れるのだった。



生き残った者たちの、死者へ対する懺悔の念。それがこの作品の主題であると私は思う。
――なぜ私は生き残り、あなたたちは死んでしまったのか? 私に生き残る価値などあったのか……?
そうして死んだ者たちのことを忘れずにいつまでも記憶し続けようとする、登場人物たち――。



だから私は、この漫画に描かれている「お話」を、そしてそれを描いた作者を、信用することにした。



――心の底から本当に大切にしたくなる素晴らしい作品に、数年ぶりに出会えた。



漫画『夕凪の街 桜の国』――。これからも何度となく、再読を繰り返すだろう。