また楽しからずや

「アイゴー! ニホン人みな嘘つきばかりタヨー」
と悲憤慷慨しながら今日も部屋にひきこもってヒロポンを腕に注射しぶつぶつ壁に向かって話しかけてたら、
夜の7:30、昔勤めていた会社の仲の良い元同僚から携帯にTEL。
出張で兵庫県の本社からいま東京に来てて、池袋のホテルにいるとの事。
無職のオレのためにドイツ料理とウォッカをおごってくれるというので、ヒロポンでガンギマリ状態のまま、
買ったばかりの新車のママチャリにまたがり池袋駅西口へ向けてフルスピードで走り出す。
アパートからわずか10分で池袋に到着、元同僚と合流する。

さて、この元同僚だが、以前の彼の東京出張で会った際には、新入社員時代オレが大変お世話になった
ある先輩社員の方が心不全で亡くなった(真実は、サービス残業による過労と家庭内不和からの鬱病による衝動的自殺だったらしい)という
聞かされたこっちも死にたくなるような暗いニュースをたずさえてやって来たのだが、
今回もまた、ドイツレストランのテーブルに着くやいなや彼は急に押し黙り、暗鬱な顔をして、
真っ白なテーブルクロスを凝視したまま動かない。

「どうしたの?」

とオレはたずねたが、しばし無言のままでいる。
やがて彼は、重々しく口を開き、ただひとこと、

「社長が発狂した」

とだけ告げた。

オレは不謹慎なのを承知の上でそれでも我慢できずにゲラゲラとレストランの中で大きな笑い声をあげてしまった。
とにかくもう、こういう話を真面目に聞かされた時にはただただ発作的に笑うしかなった。
あの人、とうとう狂ったか。やっぱり。オレは大笑いしながらそう思った。

――「社長が発狂した」――ここまで簡潔にしてなおかつ詩的情緒に満ちあふれた日本語表現を、オレはまったくもって他に知らない。