サージャント・グルカ
- 作者: 谷甲州
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2004/12/01
- メディア: 新書
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『サージャント・グルカ』読了。
梅雨の日本の窓の外とインパールの雨季の風景がだぶって視えるようなそんな気分の今。
「ご老人は……どこでした?」 老人は知っていたのか、というように笑ってみせた。 「三三旅団にいた。前の大戦中は、君らの国の兵隊ともたたかったよ。コヒマだった……」 そういってから、昔を思い出すような眼をしていった。 「君らの国の兵隊はみな勇敢だった……。我々も戦闘力では負けない自信があったが、 日本の兵隊はそれ以上だった――」 (第一話 サージャント・グルカ) ――最初のうちグルン軍曹は、ここに収容されているのは日本兵でも比較的おとなしい種族の 者ばかりだろうと考えた。つまり日本人には多くの種族があって、前線でたたかっていたのは 別の種族だと思ったのだ。 だが意外なことに、日本には一種類しか種族がなかった。しかも戦闘のための職業カーストもなくて、 軍隊にかり出された兵士は一般の市民ばかりだったらしい。それをきいたときグルン軍曹は、 妙な気分になった。あれだけ多くの日本兵がたった一種類の種族で構成されているのも意外だったし、 勇猛だった日本兵がどうしてここまでおとなしくなるのか理解できなかった。 「――日本兵の中に、勇敢な奴なんて一人もいない。本当は勇敢じゃなくて臆病なだけだ。 戦いをやめなかったのは、そうしなければあとでひどい目にあうからだ。軍隊にいる間だけじゃない。 除隊しても住む場所がなくなるし、臆病者を雇ってくれる会社もない。両親は肩身の狭い思いをするし、 妹は嫁にいけなくなる。親戚までが白眼視されるんだ。それがこわくて、死にものぐるいで戦っただけだ」(中略) 「それは臆病さのせいではないだろう。みんな家族のために戦ったし、自分の名誉のために戦った。 それもまた、まちがいなく勇敢な行為だ。……妙な考え方をするんだな、日本人は」 菊池上等兵は、意表をつかれたように見返した。それから、かすかに笑っていった。 「なるほど、軍曹のいうとおりかもしれん。家族のために戦うのは勇敢な行為、というわけか」 (第三話 ゼェイル丘(シンガバハドール・グルン軍曹2)) 軍曹は黙ったままその捕虜に視線をむけた。壕からもれるかすかな明かりで、捕虜の顔はなんとか みわけることができた。アルゼンチン兵にはめずらしく、東洋系の顔立ちをしていた。軍曹はすこし 考えたあと、煙草の箱をとりだしながらいった。 「お前、中国人なのか?」 彼の知っている外国人は、イギリス人とインド人を別にすれば中国人だけだった。そういえば香港で、 よく似た顔立ちの男をみかけたことがある。だがその捕虜は、不機嫌そうにいった。 「俺はアルゼンチン人だ。両親は日本人だが」 日系か、とラジェンドラ軍曹は思った。だが彼の日本に対する知識は、良質のラジカセやモーターバイクを 生産する極東の国という程度でしかなった。たぶん日本人は、人間まで外国に輸出しているのだろう。 グルカ兵のように、外国人にとって役にたちそうな人間を。 (第五話 スタンリーの牧羊犬 (ラジェンドラ・クマール・シュレスタ軍曹1))