『死の棘』

 私たちはその晩からかやをつるのをやめた。どうしてか蚊がいなくなった。妻もぼくも三晩も眠っていない。
そんなことが可能かどうかわからない。少しは気がつかずに眠ったのかもしれないが眠った記憶はない。
十一月には家を出て十二月には自殺する。それがあなたの運命だったと妻はへんな確信を持っている。
「あなたは必ずそうなりました」と妻は言う。でもそれよりいくらか早く、さばきは夏の日の終わりにやってきた。 

                        島尾敏雄死の棘』冒頭の文章より

 ero小説を書こうと思いたった。
 適当なero小説を参考にしようと、本棚をあさっていたら、『死の棘』を見つけて、数年ぶりに何と無しにページをめくってみた。
 最初の1ページを読んで精神的に耐えられなくなってすぐに本棚の奥に突っ込んで戻した。

 よく、夢野久作の『ドグラマグラ』が、「読むと気が狂う小説」なんていう風におどろおどろしく紹介されたりするが、
島尾敏雄の『死の棘』は、冗談抜きで、「読むとノイローゼになる小説」――この表現が誇張でもなんでもなく本当にあてはまる、恐ろしい作品である。
 この本を読んだ「あの」三島由紀夫を、「あの」開高健を――書かれた内容のあまりの凄絶さ故にマジでビビらせたという物凄い逸話を持つ、長編小説『死の棘』――。

 実は私も、同書を三分の一程読み進めてはみたがそれ以上読み続けたら精神的に非常に危険な状態に陥るこれはシャレにならんと緊急判断して読書中止、以後、手をつけてないし、また、これから再読する勇気もわいてこない。
 私の精神は繊弱すぎると笑われるかもしれないが、そう言う人は一度、『死の棘』を実際に手に取って読んでみてもらいたい。
 絶対途中で読むの嫌になるだろうから。