さよなら妖精

さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)


さよなら妖精』再読

一九九一年四月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。

遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。

そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、

白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。謎を解く鍵は記憶のなかに――。

忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。気鋭の新人が贈る清新な力作。

 するとマーヤは、秘密を告げるようにそっと身を乗り出した。
「知らないのは駄目ですね。本当のことについて言うと、ツルナゴーラは、日本と戦争
しているです。宣戦布告もばっちりです」
「昔の話だろう」
「いいえ。……いまでも、です。戦争は終わりという条約がありません」
 狐に、つままれたようだ。
 マーヤはウインクする。
「だから日本人はツルナゴーラに行っては駄目です。わたしの家にツルナゴーラから
友達が来たとき、日本に行ったら危ないよと言われました。捕虜は条約で扱われないと
いけませんよ?」
 くすくす笑う。 (第一章 仮面と道標・56ページ)
「Sovjetski Savezとはとても仲が悪かったです。わたしにはRusの友達もたくさんいますけど」
「ルス?」
「んー。ロシヤのひとです」
 そしてどこか感慨深げに、
「わたしたちには大変な事実なのに、やっぱり日本まではなかなか伝わりませんね」
 (第一章 仮面と道標・110ページ)
 ……一つだけ、心あたりがあった。
「チトー大統領」
 マーヤは快哉を叫んだ。
「Da! 素晴らしいです」
「その一つしか解らない」
「んー。では残りの二つ。SKJ、党、です。それとJNA、軍です」
 言いながら、指を一本ずつ立てていく。マーヤは、指を三本立てた右手をおれのほうに突き出した。
「ティトは人間です。だから、死にます」
 一本を内に折り込む。 (第二章 キメラの死・243ページ)
「でも、もりやさん。それよりももっともっと、大事なことがあります」
 言いつつ、机に座ったままでマーヤは、おれににじり寄る。
「これは、秘密です。内緒のことですよ」
 声を殺し。
 そっと。
「人間は、殺されたお父さんのことは忘れても、奪われたお金のことは忘れません」
 耳元で囁かれたようだった。一瞬、平衡が失われた気さえした。
 しかし気がつくと、マーヤは先ほどと変わらぬ位置で、チョークの粉で汚れた机に
深く腰掛けている。
 ……突然、全ての音が遠ざかった。
 本当に耳がどうかしてしまったかと思ったが、急に雨足が弱くなったせいだった。
マーヤは窓の外を振り返り、それから腕時計を見ると立ち上がった。
「わたし、五時までにいずるの家に帰らないといけません。お皿の準備があります」
「ああ、そうか」
 生返事。
「もっといろいろの話をしたかったですね」
「そうだな。もっと……」 (第二章 キメラの死・247ページ)

いわゆるミステリ小説は個人的に嫌いなんですが、この物語は非常に面白かったです。
本作品は、『ポスト・セカイ系小説』とかいう新しいジャンルの試みらしいそうで。


とりあえずストーリーに興味がわいたなーという人は、ぜひ、買って、読んでみてください。
お薦めします。