エヴァンゲリエ

エヴァンゲリエ」と彼は言った。「戦争前からありましたが、アメリカから来たそうです。
戦争中アメリカは要求した――政府がこの宗教の邪魔をしたら、アメリカはソビエトの援助をしない、と。
それで戦争中にだんだん増えました」
 私は黙って考えた。このアメリカとは何者だろうかと。すると今度は彼の方から言い出した。
「日本にも神がいますか?」
「さあ、どうですか・・・・・・」
 彼は私を無神論者と見て取った。そして私を説得にかかった。
「神なしで生きることは出来ません。世界は一つの神のものです。どこの国の神と云うものもありません。
すべて同じ一つの神です」
「神は、世界から出て行ったと云うではありませんか?」
「それは――うそです。神は決して出て行きません・・・・・・」
 私たちは無言で働き、また休憩した。すると話はまた神のことで始まった。
「神なしでは」と彼は言った。「敷居までも行けないが、神と共にあれば海の彼方まで」と。
 これは古いロシヤの諺だ。



長谷川四郎『シベリヤ物語』収録・『人さまざま』より

シベリヤ物語 講談社文芸文庫

シベリヤ物語 講談社文芸文庫


ちなみに私は、アパートの自室に宗教の勧誘がやって来たら、
「すみませんが、ポスト・ソヴィエト東方クエーカー正教の信者ですので・・・・・・」
と言ってやんわりとお断りしています(嘘)