梅雨に歌えば

PS2のゲーム『キミキス』を買うべきか否かそれが問題だとここ数日来そのことで頭がいっぱいで神経衰弱に陥り心身ともにもはや限界状態だった私の枕元に
昨夜、英国宰相ウィンストン・チャーチルが立って「徳川埋蔵金は八王子の高尾山に埋められている。ゴーウエスト。ビクトリー(Vサイン)」
といった感じの非常に畏れ多く有難い霊告があったので早速今日、近所の金物屋で大きなシャベルを買って電車に乗り込もうとしたら、
「あなた、いったい何をするつもりなの?」
と、あきれ果てたような嘆息が背中から聞こえたので振り返るとそこにはリリアン女学園紅薔薇様、小笠原祥子お姉さまが制服姿で立っていらして。
その後、私は祥子お姉さまに近所のファミレス、スカイラークに連行され禁煙席の片隅で三時間ほどみっちりきついお叱りを受けたのでした。
「あなたももう30歳過ぎなのだからいつまでも子供のような夢ばかり追うのはおよしなさい」
という風に、美人の祥子お姉さまがその端正なお顔に厳しい表情を浮かべながら、激しく叱責してくるので、私は小脇にシャベルを抱えたまま
うなだれて涙ぐみ、
それから思わず口を開いて祥子お姉さまに対しすがりつくような声でもって言いました、
「わかりました、わたくし、春の終わりに散る桜のように美しく死にます、自害してこの愚かな私という生存形式に綺麗に終止符を打ちます」
と。
すると、リリアン女学園の制服姿の祥子お姉さま、冷え切ったコーヒーのカップを前にしてテーブルに両肘をつき手にあごを乗せしばしの間
じっと私を凝視したのち、
「――美しく死ぬ、美しく死にたい、これは感傷に過ぎんね……。よくって? 今の言葉は、梅崎春生の小説『桜島』の台詞の一節よ……。
死にたいだなんて、軽々しく口にするのはもう二度とお止めなさい。判ったわね?」
と、今までよりさらに厳しい口調で私にそう命じたのでした。
「すみません、お姉さま」
レストランの片隅で、私は周囲の目も気にせずボロボロと大粒の涙をこぼしました。
「本当に、困った子ねえ」
祥子お姉さまがため息混じりに、しかし温かく優しそうな雰囲気を感じさせる静かな声音でもってつぶやきました。そのかすかな優しさに触れた私は、
自身の弱り疲れ果てたココロから湧き上がる感情を抑えきれずに、思わず泣きながら立ち上がりその場から、お姉さまの前から逃げ出すと、自分のアパートの部屋へ駆け戻り、
サルマタケの生えた万年床にもぐりこみ布団を頭からかぶり、嗚咽を漏らしながら、
「あすなろうあすなろう」
と、さながら呪文のごとく同じ言葉を何度も何度も繰り返したのでした。
どこか遠くから、夕立の雷が響いていました。そう、いま季節は梅雨の六月だという事を、その時になってようやく私は思い出すことができたのでした。