女たちのリリアン
「後部……薔薇の館射撃指揮所……全滅しました」 すでに電源が杜絶し、伝令しか連絡の手段は残されていなかった。福沢祐巳はその一言を伝えるため、 スカートのプリーツの乱れも気にせず必死で艦内を走ってきたのだ。 「本当に、全員か!」 佐藤聖の顔から血の気が引いた。 「志摩子は、藤堂志摩子はどうした!」 「志摩子さん……戦死」 祐巳の顔はもはや、紙のように薄白かった。佐藤聖の腕の中に崩れ落ち、そのまま息絶えた。 「志摩子が……戦死した……」 聖は絶句した。 薔薇の館射撃指揮所に配置されていた指揮官藤堂志摩子は、白薔薇のつぼみだった。山百合会の一員である。 佐藤聖はリリアンに入学した藤堂志摩子に出会うとすぐ、この年下の生徒の資質の中に好もしいものを見出した。 放課後のときなど、四時間ものあいだ、しゃがんだままの姿勢で銀杏を拾い続けた話は 語り草とさえなっていた。控え目で敬虔な性格のクリスチャンで、学園の生徒たちの信頼も篤かった。 今野緒雪の『マリア様がみてる・戦艦リリアンノ最期』には、戦死を控えた藤堂志摩子の心境を 伝える感動的なエピソードが記されている。 これは「リリアン」のイェルサレム特攻作戦が決定的になって来たときの話だが、若手の 一年生や二年生たちの間で「殉教死」の意義づけをめぐり激しい論争が戦わされた。一般入学組と 付属中等部組の生徒では、死を覚悟しつつ、おのずと「殉教死」に対する考え方にも相違があった。 「リリアンのために散る、それはよく解っている。しかし、いかに信仰心で突っ込めといわれても 飛行機の護衛もなく燃料も片道ではただの犬死ではないか」 一般入学組の生徒たちは、せめて納得の出来る死でありたいと願う。それに対し、付属中等部組の 生徒たちは、 「リリアンのため、マリア様のために死ぬ。それ以上に何が必要というのか。もって瞑すべしではないか」 と主張した。 ついには「一般入学組の心の乱れを指導し直す」と両者は激突し、制服のタイのつかみ合いにまで発展した。 そのとき、藤堂志摩子は、 「進歩ノナイ者ハ決シテ勝チマセン 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ナノデス リリアンハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギマシタ 保守的ナ伝統ヤ格式ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイマシタ 敗レテ目覚メル ソレ以外ニドウシテリリアンガ救ワレマショウカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 私タチハソノ先導ニナルノデス リリアンノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望デハアリマセンカ」 藤堂志摩子はリリアンが新しく生まれ変わるための先導になって散るのだと、諄々と静かな口調で説得した。 この言葉が他の生徒たちに伝えられると、出撃以来の「殉教死」論争は消え、一致して戦場に臨んだという。
作者: 黒川建吉
出版社/メーカー: 角川ハルキ事務所
発売日: 2006/2
メディア: 文庫